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プラセンタの歴史

実は、プラセンタの歴史はとても古く、プラセンタの効果は紀元前から認められていたのものです。

 

紀元前、西洋医学の父とも言われているヒポクラテスは患者の治療にプラセンタを使用していたり、秦の始皇帝はプラセンタを不老長寿の薬として使用していました。

 

世界3大美女の1人、クレオパトラやマリー・アントワネット、オードリー・ヘップバーンもまたプラセンタを美容を保つためや不老長寿、若返り薬として使用していました。

 

唐の時代(618年〜907年)の医薬書では、プラセンタは薬として紹介され、その後、漢方薬のバイブルとして名高い「本草網目」には「紫河車(しかしゃ)」の名前で取り上げられ漢方薬として使用されました。日本でも江戸時代に紫河車を配合した「混元丹」が加賀の三大妙薬のひとつに数えられ、滋養強壮・不老長寿の薬としてプラセンタが使われていたのです。

 

「近視手術」の生みの親であるロシアのフィラートフ博士は冷凍保存しておいたプラセンタなどの組織を皮膚の下に埋め込むという「組織療法」を生み出しました。
博士はプラセンタの効果を「全身の機能を活発にするだけではなく病体部分の治療を促進する作用にすぐれている」と評価しています。

 

人間以外のほとんどの哺乳類は出産後に胎盤(プラセンタ)を食べるそうです。
はっきりとはわかっていませんが、これは出産後の体力を回復させているのではないかといわれています。